「丸いハムカツ」

いま、「昔ながらの○○」などと銘打った食品や売場のポップを見かけることが多くな った。この○○に私は、「丸いハムカツ」を入れたい。
1964 年の東京オリンピックも終り、世の中が右肩上がりの高度成長期。小学校低学年だ った私は、水田が広がる名古屋市近郊の町で暮らしていた。当時はまだのんびりとした もので、そろばんや習字くらいはみんな習っていたが、毎日あれこれと学習塾や習い事 に通う子供など周りにはいなかった。だから、学校が終ると近所の子供達が運送屋の車 庫に集まって、夕方 5 時のメロディーが流れるまで遊んでいた。そんなのどかな町に、 ベットタウンとして少しずつ人々が移り住み始めた頃、遊び場の道を挟んだ反対側に市 場がやってきた。いまどきのようなチェーン店ではなく、個人商店が一つ屋根の下に集 まったような所で、八百屋・魚屋・菓子パン屋・豆腐屋・・・うどん屋もあった、そし て肉屋も入っていた。その肉屋で売られていたのが、揚げたてのハムカツだった。 いつもは、小腹が空くとみんなで近くの駄菓子屋に押し掛けていたのだが、さすがに遊 び場に漂ってくるあの揚げ物の臭いにはかなわなかった。そして、遂に買って食べたハ ムカツは、丸いカタチをしていた。一口目:サクサクとした音、二口目:ハムの味、「何 だこれは・・・うまい!」ただただそう思った。それは街から引っ越してきたクラスメ ートの家でおやつに出た、ショートケーキの驚きよりも私には大きかった。それからは、 みんなで小腹が空くと 1 枚 10 円のハムカツを「うまいな〜」となんども何度もいいな がら、せっせと食べた。
あれから 50 年。
この頃は、サービスエリアやチェーン店食堂、コンビニや飲み屋のつまみにと、いろい ろな所でハムカツを見かけるようになった。名前につられてついつい頼んでしまうが、 厚切りハムやロースハムを使ったものが多く、食べるとちょっと残念な気持ちになる。 あの頃食べていたのは、いまの分類でいうとチョップドハムといって純粋なハムの仲間 に入れてもらえないらしい。でもやっぱり私にとってのハムカツは、縁がいまにして思 えば妙に赤い、そして薄い、あの丸くて赤いハムを使ったもののことなのだ。 だからといって、何もかたくなで融通が利かない話しでもない。例えば、旅行に出かけ たまちで少し時間があると、ブラブラとまち歩きをすることが好きな私は、通りからふ らっと裏道に入ってみたくなる。そこで暮らしの一角に肉屋を見つけると、ちょっと心 が踊る。それは、子供の頃のほっこりとした思い出へとつながっていく。みんなで遊ん だこと、喧嘩をしたこと、笑ったこと、市場のこと、そしてハムカツのこと。 訪ねたまちの肉屋で思い出に出会った時、早速買って頬張る私を見て、かみさんは「何 だか、嬉しそうだね」というのだ。
やっぱり、赤ハムを使った丸いハムカツはうまい!

20180502